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メッセージ主題:『今、できることをする』

ぶどうの木キリスト教会

通年主日親子礼拝主題:『イエス・キリストの生涯』

2018年4月1日

礼拝前祈祷:9:30 「主をほめる、主を讃える、静まりの」祈り

礼拝:10:00

賛美: 新聖歌21「輝く日を仰ぐとき」

賛美: 今月のワーシップソング 「He is Lord」

使徒信条: 新聖歌p.826

交読: 交読文16:詩篇第42篇:新聖歌p.891-892

祈り: 「神様からのメッセージを待ち望む」祈り

賛美: 新聖歌420「雨を降り注ぎ」

 

聖書拝読:マルコの福音書14章3節~9節(新改訳聖書)(輪読)

中心聖句:

「この女は、自分にできることをしたのです。埋葬の用意にと、わたしのからだに、前もって油を塗ってくれたのです。」(8)

 

メッセージ主題:『今、できることをする』

 

おはようございます、そしてお帰りなさい。

主のご復活おめでとうございます。

今朝は復活祭、イースターでありまして、主のご復活を記念しお祝いする日であります。本来は、クリスマスよりもイースターの方が教会にとっては大切な記念日でもありますが、世間の認知度はクリスマスの方がはるかによく、また教会でのお祝いの仕方もクリスマスの方が派手ではありますが、イエス様の復活を信じなければ、ご誕生も十字架での死も全く無駄なのであります。イエス様の死と復活は、とても厳粛なものでありますが、神様と私たちの和解をとりなして下さり、イエス様と共に、私たちの古い自分が死に、新しく生まれ変わらせていただくことができる、真にもって嬉しいことでもあるのです。

 

今朝は諸教会ではイースターのことが語られるのでしょうが、当教会では、通年の礼拝主題「イエス・キリストの生涯」として毎週学ばせていただいている関係上、今朝もそのところから学ばせていただきたいと思います。しかし、今朝のメッセージもイースターに関係する、「主の葬式・埋葬」のことが出て来ますので、主の復活・イースターを覚えつつ、主からのメッセージをお聞きいたしましょう。

 

先週は、『主のみ心を行なう』と題しまして、イエス様が話されたぶどう園の農夫のたとえから、イエス様のこの世にこられた目的を確認させていただきました。今朝は、『今、できることをする』と題しまして、マリヤが高価なナルドの香油をイエス様の頭に注いだことを通して、主は、私たち一人一人に、何ができ、主の御名をあがめることができるのかを問うておられます。主の御声に耳を傾けましょう。

 

まず、お祈りいたします。(祈り)

 

今朝の聖書の箇所は、イエス様がベタニヤのシモンの家での出来事であります。つまり、先週までにお話ししていましたエルサレム入城の直前になるかと思います。皆さんご存じのレオナルド・ダ・ヴィンチの絵に代表される「最後の晩餐」は、イエス様が十字架にかけられる前夜となりますので、エルサレム入城後、今日の日曜日が復活祭イースターでありますからその二日前の金曜日が十字架にかけられた日で、木曜日が最後の晩餐の日であります。この晩餐の時に、イエス様が弟子たちの足を洗い、イエス様ご自身が人に仕えることの模範を示されました。よって、この木曜日を「洗足の木曜日」とも呼ばれ、洗足式をされる教会もございます。このことはまた機会がございますので、その時にお話しいたしましょう。とにかく、今朝のベタニヤ・シモンの家での出来事と、最後の晩餐とは違いますので、区別しておいてください。

 

3節に「ひとりの女が、純粋で、非常に高価なナルド油の入った石膏のつぼを持って来て、そのつぼを割り、イエスの頭に注いだ」とあります。この「ひとりの女」とはベタニヤのマリヤのことで、姉にマルタ、弟にラザロがいます。イエス様はこの家族を愛しておられました。またラザロはいったん死にましたが、イエス様によって生き返りました。そのマリヤがイエス様の頭に高価な香油を注ぎました。どのぐらい高価かと申しますと、5節に、数人の弟子たち(おそらくイスカリオテのユダも含まれますが)の言葉によりますと、三百デナリ以上もするということであります。当時1デナリが1日の大人の日当でありますから、仮に日当1万円とすると300万円の香油のつぼと言う計算になります。そんな高価な香油をどうしてマリヤはイエス様の頭に注いだのでしょうか。

 

今朝の中心聖句で、イエス様は、「この女は、自分にできることをしたのです。埋葬の用意にと、わたしのからだに、前もって油を塗ってくれたのです。」とおっしゃいました。イエス様の葬式、つまり死者を弔うときに体に塗る香油を、イエス様にあらかじめ塗ったことになります。では、どうしてマリヤはイエス様の死を知ることができたのでしょうか。それは、イエス様がガリラヤ湖での後期伝道旅行の時に、十字架での受難を弟子たち告げておられたからであります。マタイ書16章21節に記されています。「その時から、イエス・キリストは、ご自分がエルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、そして三日目によみがえらなければならないことを弟子たちに示し始められた。」福音書の記録では、イエス様は、マリヤの香油の出来事の前に、十字架上での死の予告を三回告げられています。マタイ書では16章17章20章、マルコ書では8章9章10章に、ルカ書では9章に2回と18章に出て来ます。ご興味のある方は後で調べてみてください。記録上だけで3回もありますから、実際にはイエス様はもっとお話しになっていたのではないでしょうか。ですから、マリヤはそのイエス様のお言葉を信じ、埋葬の準備、死の準備をしたのであります。

 

弟子たちは、イエス様のこの告知を理解できませんでした、いえ、理解しようとしませんでした。彼らはイエス様がローマ軍の圧政から解放してくれる救い主だと思い期待していたのですから。イエス様がそれよりももっと全人類の救いのために来られたということを理解できなかったのです。そのことが理解できるのは、もっと先の、聖霊によるバプテスマを受けた時からでした。

 

マリヤだけがイエス様の死の告知を受け入れたのです。では、マリヤはイエス様の言葉を理解していたのでしょうか。私は、そうではないのではないかと思っています。マリヤはイエス様の言葉を信じただけなのです。イエス様の死が悲しいことであろうと、イエス様がおっしゃるのでありますから、信じ受け入れざるを得なかったのではないでしょうか。マリヤにとって、イエス様は「いのち」なのです。弟子たちのように、誰が偉いとか、誰が天国でイエス様の横にすわるのかとか、そのようなことに惑わされることなく、イエス様一途の信仰なのです。「イエス様が言えば必ずそうなる」ことをイエス様のそばにいて、そう信じるに足る目撃をしているのです。

 

ですから、マリヤはイエス様の死を前にして、リビング・バイブルの訳を借りれば、「精一杯のこと」として葬りの準備にナルドの高価な香油を注いだのです。彼女は、今できる精一杯のことをし、心をイエス様にささげたのです、埋葬の準備として、一時的なお別れの感謝として、また三日目によみがえられる時のために。

 

私たちはどうでしょうか。今日は奇しくもイエス様の復活をお祝いするイースターです。お別れの時ではありません。イエス様は、私たちの罪をすべて拭うために、帳消しにし、罪なきものとみなされるために、御自身の聖なるいのちをささげ、三日目に死を克服しよみがえられ、私たちに肉体の死が最後ではなく、その先には、新たなる生命があることを示されました。マリヤはイエス様のよみがえりを期待し、ナルドの香油を注ぐという精一杯のことをしました。彼女のイエス様に対する愛を現したのであります。私たちは、今、復活されたイエス様に対して、何が精一杯のこととしてできるのでしょうか。どんな心を愛をささげることができるでしょうか。マリヤが「イエス様いのち」としたように、私たちも「イエス様いのち」とできるでしょうか。

 

今から黙想をいたします。どうか、ご自分の精一杯のこととは何なのか、イエス様に導いていただきましょう。詩篇の51篇14節から17節をお読みし、その後で黙想に入ります。

「神よ。私の救いの神よ。血の罪から私を救い出してください。そうすれば、私の舌は、あなたの義を、高らかに歌うでしょう。主よ。私のくちびるを開いてください。そうすれば、私の口は、あなたの誉れを告げるでしょう。たとい私がささげても、まもとに、あなたはいけにえを喜ばれません。全焼のいけにえを、望まれません。神へのいけにえは、砕かれたたましい。砕かれた、悔いた心。神よ。あなたは、それをさげすまれません。」 黙想。

 

(3分間黙想)

 

お祈りをいたします。愛する天のお父さま、今朝は、イースター、主のご復活を感謝しつつ、私たちが、今できることとは何なのかを導いていただきありがとうございます。どうか、常に主の愛を覚え、主のご臨在とお守りに感謝しつつ、主の御名をほめたたえる日々を過ごせるよう私たちを内から外からお導きください。また、まだまだイエス様の愛を知らない方々が私たちの回りにもたくさんいらっしゃいます。どうか、主の福音を証しできますよう、私たちを整え鍛え用いて下さいますようお願いいたします。主イエス・キリスト様の御名により、今朝の恵みを感謝しつつ、皆さまのお祈りと合わせまして、この祈りを御前におささげいたします。アーメン。

 

賛美: 新聖歌244「信ずる者は何びとも」

賛美: 今月の歌・新聖歌257「キリストは生きておられる」

今月のワーシップソング「He is Lord」

「主の祈り」(新聖歌p826)

頌栄:新聖歌63「父御子御霊の」

祝祷:2コリント13:13

アーメン四唱:新聖歌59.7



He is Lord

 

He is Lord, He is Lord
He has risen from the dead
And He is Lord
Every knee shall bow
Every tongue confess
That Jesus Christ is Lord

You are Lord, You are Lord
You have risen from the dead
And You are Lord
Every knee shall bow
Every tongue confess
That Jesus Christ is Lord



has risen: あがる(よみがえる)

the dead: 死者

Lord: 主、君主

knee: ひざ

bow: 曲げる

tongue: 舌

confess: 告白する