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メッセージ主題:『居場所』

ぶどうの木キリスト教会

通年主日親子礼拝主題:『イエス・キリストの生涯』

2018年7月1日

礼拝前祈祷:9:30 「主をほめる、主を讃える、静まりの」祈り

礼拝:10:00

賛美: 新聖歌136「御霊よ降りて」

使徒信条: 新聖歌p.826

賛美: 今月のワーシップソング 「Seek Ye First」

交読: 交読文29:詩篇第95篇:新聖歌p.903

十戒:末ページに記載

祈り: 「神様からのメッセージを待ち望む」祈り

賛美: 新聖歌468「やがて天にて」

 

聖書拝読:ヨハネの福音書19章25節~27節(新改訳聖書)(輪読)

中心聖句:

「兵士たちはこのようなことをしたが、イエスの十字架のそばには、イエスの母と母の姉妹と、クロバの妻のマリヤとマグダラのマリヤが立っていた。イエスは、母と、そばに立っている愛する弟子とを見て、母に『女の方。そこに、あなたの息子がいます。』と言われた。それからその弟子に『そこに、あなたの母がいます。』と言われた。その時から、この弟子は彼女を自分の家に引き取った。」

 

メッセージ主題:『居場所』

 

おはようございます、そしてお帰りなさい。

先週は、『ふたりの罪人』と題しまして、イエス様とふたりの罪人が十字架にかかり、そのところでのふたりの罪人のイエス様に対する処し方とイエス様の応答から、私たちの信仰のあり方を見させていただきました。今朝は、『居場所』と題しまして、イエス様が弟子のヨハネに母マリヤを引き取るように願ったところから、人間関係という意味でのイエス様の目に映る教会のありかたを考えさせていただきたく思います。

 

まず、お祈りいたします。(祈り)

 

十字架にかけられたイエス様のそばには、マリヤが少なくても三人いました。イエス様の母マリヤとクロバの妻のマリヤ(ヤコブとヨセフまたはヤコブかヨセフの母マリヤ)とマグダラのマリヤであります。このクロバの妻のマリヤに関しては、諸説あり、なかなか人物的に特定できないのでありますが、この三人のマリヤはイエス様と常に行動を共にしていた女性たちのうちの代表格的な存在でありましたでしょう。もちろん、その中でもイエス様の母マリヤは別格であります。しかし、イエス様が公的存在として活動し始めてからは、母マリヤを、「母」とは呼ばず、尊敬をこめた呼び方としての「女の方」(ヨハネ2:4、19:26)と呼ばれたことが記録に残っています。また、マタイ書では、イエス様が群衆に話しておられるときに、母マリヤと兄弟たちが、イエス様に何か話そうとして、外に立っていて、そのことを他の誰かが、「あなたのおかあさんと兄弟たちが、あなたに話そうとして外に立っています」と告げると、「わたしの母とはだれですか。また、わたしの兄弟たちとはだれですか。、、、天におられるわたしの父のみこころを行なう者はだれも、わたしの兄弟、姉妹、また母なのです」(12:48-50)とイエス様はおっしゃったと記録しています。

 

ここに私たちは、イエス様の主にあっての家族観を垣間見ることができるのではないでしょうか。イエス様はこの「主にある家族」観をつらぬき、実母を母と呼ばず、尊敬をこめての、一姉妹としての「女の方」と呼ばれ、実母を特別扱いせず、他の主にある姉妹方と同じように、尊敬し、接しられたのではないでしょうか。ですから、今朝の聖書の箇所のように、母マリヤを弟子のヨハネにたくされたのです。イエス様には兄弟姉妹がいました。ペンテコステ以降、ペテロの後、エルサレム教会で指導的立場にいたヤコブ、その他にヨセフ、シモン、ユダ(マタイ13:55)とそれに二人以上の姉妹(マルコ6:3)です。しかし、イエス様はそれらの兄弟姉妹に母マリヤの世話をするようにお願いするのではなく、弟子のヨハネに自分の母として引き取るように伝えました。それも十字架にはりつけにされ、もう死がそこまで来ている時にです。私は、以前、この箇所を読んだ時に、やはりイエス様も実母マリヤを母として愛しておられたのだと思っていました。ところが、この度、読み返していたときに、もちろん、イエス様は母を愛されておられますが、肉の兄弟姉妹ではなく、霊の兄弟(姉妹)に母を託されたのは、それは実母への愛というより、一姉妹への大きな愛、霊の兄弟姉妹が貧富の差を越え、障害の壁を越え、年令の差を越え、人種の垣根を越え、お互いがお互いを支え合う、お互いがお互いの必要を満たす、そのような愛の人間関係をイエス様はお示しになり、それを望まれたゆえのお言葉であります。また、母マリヤも自分の実の息子や娘たちに世話になるのではなく、イエス様の弟子(たち)の世話になることを望み、その申し出を受けられたのであります。それは、まさしくイエス様が以前におっしゃられた「天におられるわたしの父のみこころを行なう者はだれも、わたしの兄弟、姉妹、また母なのです」ということを一貫して主張されたことでもありました。

 

イエス様は、十字架上での死後、復活し、そして天に上げられてのペンテコステの聖霊降臨による教会形成に備えて、マリヤという名の一老姉妹を若い弟子である兄弟に託すことで信仰による生活協同体の基礎を築いたのではないかと、私には思われてしかたがないのです。もちろん、イエス様は、3年間の公生涯の中で、財産を共有し、宣教のために用いることをなさいましたし、弟子たちをそのように教育されたことでしょう。しかし、信仰の友とはいえ、他人の両親や祖父母の面倒を見ることはなかったのではないでしょうか。またその記録も四福音書にはございません。記録にないからといって、しなかったことにはなりませんが、イエス様の母マリヤが弟子ヨハネの世話になったことは、大きな意味をもっていると私は思うのであります。初期のキリスト教会では、「信じた者の群れは、心と思いを一つにして、だれひとりその持ち物を自分のものと言わず、すべてを共有にしていた」(使徒4:32)とありますように、自分の財産を差し出して、共有財産とし、必要に応じて分配していました。しかし、この信仰による生活協同体も、早い段階できしみが生じます。使徒の6章では、「そのころ、弟子たちがふえるにつれて、ギリシヤ語を使うユダヤ人たちが、ヘブル語を使うユダヤ人たちに対して苦情を申し立てた。かれらのうちのやもめたちが、毎日の配給でなおざりにされていたからである。」(1)それだけではなく、働かないで他人をたよりにしている輩もでるしまつです。そしてこの共同体は、個を大切にしながら教会をささえるという、今のスタイルに変化してきているのです。つまり、それは、教会ありきの生活から、個人が守られての教会生活への変貌してきています。これが良いのか悪いのかは、私には判断できかねます。なぜなら、私も、個人がまもられての教会生活にどっぷりつかっているからです。

 

では、私はここで何を申し上げたいのかといいますと、教会という信者の集まりがひとりひとりの居場所になっているかということなのです。イエス様は母マリヤのために、一人の老姉妹のために、弟子ヨハネの母となる居場所を作られました。マリヤにとっては経済的な居場所ともなったでしょうが、世間話をするコミュニケーションとしての居場所、また信仰的な居場所、共に祈りをささげる仲間としての居場所となったのではないでしょうか。私は、この全ての垣根を越え、あらゆる局面において、教会は主を信じる人たちの居場所を提供するよう、イエス様から母マリヤのことを見本として、私たちは仰せつかったような気がするのです。老若男女を問わず、主にある兄弟姉妹は、教会とつながり、教会に自分の居場所を見つける、そして、その居場所は孤立するものではなく、いろいろな方の手と祈りによって支えられている、そんな居場所が教会という人の集まりであったらと願うのであります。その居場所はとても魅力的であり、新しい方も喜んで受け入れる包容力があり、そして続けて来ようと励まされる、そんな居場所をイエス様は「作るんですよ」とおっしゃっておられるような気がするのです。これを機会に、皆さんもご自分の居場所を教会の中に、集まりの中に、そして、それを喜び楽しむご自身を見つけていただきたいなぁと願うのであります。

 

今から3分間、黙想をいたします。今朝、イエス様がお示しくださいました、教会という居場所について、御自分の居場所、兄弟姉妹の居場所、隣り人のための居場所、それらのことを黙想を通して導いていただきましょう。

 

(3分間黙想)

 

お祈りをいたします。愛する天のお父さま、今朝は、「居場所」と題しまして、居場所としての教会の在り方について思いを巡らせることができましたことに、感謝いたします。このことはすぐには答えの出るものではないかもしれませんが、また答えのあるものでもないかもしれませんが、どうか私たちが常に「居場所」のことを祈り思うことのできますよう、お導きください。

今朝の学びを、主イエス・キリスト様の御名により、感謝しつつ、皆さまのお祈りと合わせまして、この祈りを御前におささげいたします。アーメン。

 

賛美: 新聖歌101「イエスよ十字架に」

賛美: 今月の歌・新聖歌113「君もそこにいたのか」

今月のワーシップソング「Seek Ye First」

「主の祈り」(新聖歌p826)

頌栄:新聖歌63「父御子御霊の」

祝祷:エペソ3:14-21、2コリント13:13

アーメン四唱:新聖歌59.7

 

Seek Ye First

(Words & Music by Karen Lafferty)

 

Seek ye first the Kingdom of God

And His righteousness

And all these things

Shall be added unto you

Allelu Allelujah

 

Seek: 探し求める

Ye: = you

Kingdom: 王国

Righteousness: 義(正しいこと)

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