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メッセージ主題:『祈りの練習問題とより頼みの実力テスト』

ぶどうの木キリスト教会 小阪チャペル

2023.4.2主日礼拝式 

(しばらく夕拝だけとさせていただきます。夕拝のあと、軽く愛餐の時をもちます。)

●午後5時開会:ただいまより、2023年4月2日主日礼拝式を始めます。

●祈り

角笛

礼拝の心構えの聖句をいっしょに唱えましょう。

ローマ人への手紙12章1b-2節(新改訳聖書2017)

●「あなたがたのからだを、神に喜ばれる、聖なる生きたささげ物として献げなさい。それこそ、あなたがたにふさわしい礼拝です。この世と調子を合わせてはいけません。むしろ、心を新たにすることで、自分をかえていただきなさい。そうすれば、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に喜ばれ、完全であるのかを見分けるようになります。」

続いて

●使徒信条

我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。

我はその独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず。

主は聖霊によりてやどり、処女マリヤより生れ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、

十字架につけられ、死にて葬られ、陰府にくだり、三日目に死人のうちよりよみがえり、

天に昇り、全能の父なる神の右に座したまえり。

かしこより来りて生ける者と死にたる者とを審きたまわん。

我は聖霊を信ず。聖なる公同の教会、聖徒の交わり、罪の赦し、身体のよみがえり、

永遠の生命を信ず。アーメン。

礼拝は、私たち自身を神様に献げ、神様の御名をほめたたえ、神様の御声を聞く時間であります。

私たちの賛美のいけにえを喜びをもってともに主にささげましょう。

賛美①:主イエスの十字架の血で

https://www.youtube.com/watch?v=0HDeZ6KnlNM

賛美②:主の愛が今

https://www.youtube.com/watch?v=xspdCatpaSs

賛美③:山々が生まれる前から (4月の歌)

https://www.youtube.com/watch?v=oCBaJ8sqW0U

賛美④:とうとき十字架

https://www.youtube.com/watch?v=rkv8w7icMYs

賛美⑤:主は今生きておられる

https://www.youtube.com/watch?v=R7_1XkZvSlw

賛美⑥: 主イエスを迎えます

https://www.youtube.com/watch?v=zWw6gvvTzIU

【YOUTUBE配信開始】

2023年の年間聖句は「山上の説教」マタイの福音書5章3節~10節の8つの幸いです。

いっしょに唱えましょう。(新改訳聖書2017)

第1の幸い(マタイの福音書5章3節)

「心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人たちのものだからです。」

(自分ではどうしようもなく、主の力と知恵を求めるしかないと思っている人)

第2の幸い(マタイの福音書5章4節)

「悲しむ者は幸いです。その人たちは慰められるからです。」

(どうしようもなく罪を犯してしまう、そのことを悲しみ悔いる人)

第3の幸い(マタイの福音書5章5節)

「柔和な者は幸いです。その人たちは地を受け継ぐからです。」

(自分を無力でどうしようもないものだと、へりくだらざるをえない人)

第4の幸い(マタイの福音書5章6節)

「義に飢え渇く者は幸いです。その人たちは満ち足りるからです。」

(自分の中にある罪を憎み、義である主を求める人)

第5の幸い(マタイの福音書5章7節)

「あわれみ深い者は幸いです。その人たちはあわれみを受けるからです。」

(主を知ることで、憐みをおぼえ、主のように、他の人に憐れみをかける人)

第6の幸い(マタイの福音書5章8節)

「心のきよい者は幸いです。その人たちは神をみるからです。」

(悔い改めを通して、主に聖くしていただけると信じる人)

第7の幸い(マタイの福音書5章9節)

「平和をつくる者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるからです。」

(神との関係を、創造主と創造物の関係に、修復された、主の証し人)

第8の幸い(マタイの福音書5章10節)

「義のために迫害されている者は幸いです。天の御国はその人たちのものだからです。」

(信仰に堅く立ち、この世と調子を合わさない人)

●2023年4月2日 主日礼拝メッセージ

●聖書拝読:ルカの福音書6章(新改訳聖書)

中心聖句:

「弟子は師以上には出られません。しかし十分訓練を受けた者はみな、自分の師ぐらいにはなるのです。」(40)

メッセージ主題:『祈りの練習問題とより頼みの実力テスト』

改めまして、こんばんは。そして、お帰りなさい。

できるだけ、主の言葉に耳を傾け、聞きながら黙想してみてください。「聞く」ということを大切にしてみましょう。主が皆さんおひとりおひとりにお語り下さることを期待しましょう。

●メッセージ

(中略:ホームページ、およびFB「ぶどうの木キリスト教会」に記載)

皆さんは、次のことわざをご存じでしょう。「青は藍より出でて藍より青し」 青色の染料は、藍という植物から採取し、その色は原料の藍よりも青いところから、このことわざがうまれました。

教えを受けた人が教えた人より優れたものになること、弟子が師よりまさっていることを意味します。これは、世の常です。そうでない限り、特に科学などは進歩していません。しかし、そうでないことも多いと思います。とくに芸術の世界で、名人と呼ばれる人を師にもつ弟子が、師よりも名声をはくすことは稀でしょう。また、名人同志を比べることも、意味がありません。私の好きな落語で言えば、五代目古今亭志ん生とその次男の古今亭志ん朝、どちらも素晴らしい落語家でありましたが、守備範囲が違うといいますか、年代も変われば、聞く人の評価も変わるからです。野球で言えば、ピッチャーとホームランバッターという二刀流のベーブルースと大谷翔平くんを比べてどうのこうのと言っても、基本意味のないことです。年代も、ボールもバットの質も違うからです。似て非なる者、それが、師匠と弟子の関係であり、また名人同志の関係でもあるでしょう。

しかし、ここに絶対的に、私たちが到達できないレベルの方がいらっしゃいます。それが、私たち人間やこの世界をお造りになった創造主の神さまであり、その一人子、イエス・キリストであります。人間は神様と同じレベルになろうと、悪魔の化身である蛇に誘惑されて、決して食べてはいけない、食べたら死ぬと言われていた、善悪の知識の木の実をたべて、罪を犯し、今の私たちにその罪、特に自己中心の罪、神を知ろうとせず、またあがめない罪が遺伝子的に入ってしまいました。神をあがめない罪によって、大洪水で、あやうく人類絶滅の一歩までいきましたが、神の憐みにより、ノアの家族から、人類はやり直しをすることができました。また、性懲りもなく、人間は神のレベルまで達しようと、バベルの塔を建てようとしましたが、そのことが神の怒りをかい、多くの言語に分かれさせられ、意思疎通が簡単にはできなくなり、そのためには努力が必要となりました。しかし、言葉が通じないがゆえに、お互いをもっと知ろうと理解しようとします。神は、ただ単に言語を別れさせただけではなく、お互いが歩み寄り、お互いを理解させようと私たちを訓練したのです。神からの訓練は、試練ともなりえますが、つねに愛がそこにはあります。

イエス様は、今日の中心聖句、40節の「弟子は師以上には出られません。しかし十分訓練を受けた者はみな、自分の師ぐらいにはなるのです。」を、弟子たちに、おっしゃいました。この言葉の前には、「いったい、盲人に盲人の手引きができるでしょか。二人とも穴に落ち込まないでしょうか」と、弟子を導くのは師であることを言い含めます。また、この言葉の後には、兄弟の目の中にある「ちりと梁」の譬えを通し、「人を裁くな」「兄弟同士裁くな」とおっしゃいます。そして、46節では、「なぜ、わたしを『主よ、主よ』と呼びながら、わたしの言うことを行なわないのですか。」と弟子たちを戒め、次に、「わたしのもとに来て、わたしのことばを聞き、それを行う人たちがどんな人に似ているか、あなたがたに示しましょう。」と弟子たちに告げます。つまり、イエス様に似ている弟子になるには、イエス様のもとに来て、イエス様のことばを聞き、それを行うものでないといけない、ただ単に口先だけで神様をあがめるふりをしてはいけないときつくおっしゃるのです。イエス様の「十分訓練を受ける」とは、「祈り心をもってみ言葉に聞き、従い、行なう」ということだとおっしゃるのです。

このことは、イエス様独自のことばではありません。旧約聖書時代から、面々と続いている神様の言葉であります。申命記28章では、次のようにあります。1節2節、●「もし、あなたが、あなたの神、主の御声によく聞き従い、私が、きょう、あなたに命じる主のすべての命令を守り行うなら、あなたの神、主は、地のすべての国々の上にあなたを高くあげられよう。あなたがたなたの神、主の御声に聞き従うので、次のすべての祝福があなたに臨み、あなたは祝福される。」そして、数々の祝福が記されています。イエス様は、旧約聖書の神と同じように、「わたしに聞き従いなさい」とおっしゃり、イエス様に似た者となり、神からの限りない祝福をうけると、弟子たちを励ますのであります。イエス様や神様からの訓練は、後に試練によって、ちゃんと訓練が十分できているかどうかが試されるのでありますが、ただただ辛く苦しいだけのことではありません。詩篇1篇には、「幸いなことよ。悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座に着かなかった、その人。まことに、その人は主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。その人は、水路のそばに植わった木のようだ。時が来ると実がなり、その葉は枯れない。その人は、何をしても栄える。」このようにあります。主の御声に聞き従う、つまり主のおしえに従うことには、喜びもあるということです。主に似る者となるためには、みことばに聞き従うことですが、それは苦痛だけではないのです。喜びもあるのです。いえ、その試練の先には、主の大いなる祝福がまっているのです。いえ、待ち構えているのです。それが、申命記28章の記されている祝福です。そして、そのような人は、詩篇1篇で、「何をしても栄える」と約束されているのです。

神様は、私たちと、アダムとエバが罪を犯す以前の、神との親しい、しかし神をあがめる関係・交わりを再構築するために、ひとり子であるイエス様をお送りくださり、イエス様に似る者へと私たちを、聖霊様を通して訓練されるのです。それは、私たちを神の子どもとし、大いに祝福しようとされてのことです。

思い出してみてください。イエス様の放蕩息子のたとえ話を。放蕩三昧で、この世の宝である金を湯水のように使い果たし、一文無しになってしまった息子は、「父のもとに帰ろう」と決心します。奴隷の身でもいいから、父のもとへ帰ろう、父にこれから生涯、服従しようと決意して、故郷にもどります。しかし、父は息子のすがたを見るや否や走り寄って来て、抱擁し、もとの息子として祝福します。息子は、父の腕の中で、放蕩時代には得られなかった平安と喜びを感じます。これが、私たちです。父である神のもとに帰り、これからの生涯を主にゆだねようと決心すれば、父は平安と喜びを私たちに与えようとしてくださいます。

しかし、問題は、私たちは根っからの罪人、神を軽んじることをためらわない者であるということです。神を信じます、イエス様を信じます、とひれ伏しつつ「自分」という怪物がむくむくと起き上がって来るのです。なさけない。じつに情けない。この「自分」という怪物をおとなしくさせるために、イエス様からの訓練が必要なのです。もちろん、私たち自身の力ではできません。自分が自分を制すことができるなら、苦労はありません。制することができないからこそ、聖霊さまの助けが必要なのです。イエス様の教え、み言葉が必要なのです。

さて、今日も天国長屋の八さん、熊さんにお登場いただきましょう。

八さん、熊さん、よろしくお願いいたします。

―――――

八: 若さんさぁ、訓練と試練を使いはったし、聖書でも言ってはるけど、訓練と試練、

どうちがいがあるんやろか。

熊: 訓練と試練なぁ。訓練は「やったろかぁ」、ちゅう感じやけど、試練は「苦しいなぁ」、

てな感じかな。

八: 感じ方のちがいかいな。え~っと、スマホで調べると、訓練って、

「馴れるまで教え、練習させる」ことやって。

熊: ほんで、試練は?

八: 試練は、ちょっとまってやぁ、「信仰や決心のかたさや実力などを厳しく試す」こと

やって。

熊: なんやねん、その「厳しく試す」ゆうて。

八: つまりは、痛みや苦痛をともなうちゅうことやろうな。

ほやから、訓練と試練とはちゃうな、慣れるまで教えてもらうのが訓練で、

訓練ができたかどうか試すのが試練ちゅうこととちゃうか。

熊: ほやったら、わて訓練だけでえわ。イエス様にやさしく訓練受けて、手取り足取り

丁寧におしえてもろてた方がええわ。

八: ちゃうがな、訓練うけて、試練もうけんとあかんねんて。

熊: けんど、試練の方が、きつそうやもん。

八: そらそうや、実力、試されんねんやから。いわば、訓練は練習問題や。

試練は実力テストや。

熊: わてなぁ、小さい時からテストはにがてや。

八: なにゆうとんねん、練習問題もしとれへんかったやなか。

熊: そやったかいなぁ、昔のことは忘れたわ。けんど、八の、練習問題と実力テストという

たとえ、分かりやすいわ。さしずめ、練習問題は、祈りや御言葉に慣れ親しむちゅう

ことかいな、そんで、実力テストは、主にどれだけ信頼して、より頼むかちゅう

ことが試されんねんやろな。

八: そんで、実力テストは、練習問題とちごて、出る範囲が分からん。何が来るかわからん。

試練と同じや。そやけど、日ごろから練習問題こなしておれば、なんとかイエス様に

より頼むところまでたどり着くんとちゃうやろか。まあ、完全にはむりやろうけどな。

熊: けんどあれやなぁ、実力テストで100点なんてとれへんなぁ。

八: 実力テストで100点にしてもらえるのは、天の御国に行ってからとちゃうか。

熊: それやったらええけんど、もし実力テストであがってしもて、失敗したら、落ち込んで

イエス様の信仰もなくしてしまうんとちゃうやろか。わて、テストに弱いんや。

八: あほぅ、熊のテストが弱いのは、日ごろから勉強してへんからや。けんど、おったなぁ、

クラスでも、復習テストではええ点とるのに、実力テストはさっぱりちゅうやつ。

熊: あいつ、落ち込んどったぁなぁ。暗記は得意やったけど、応用がきかんあつやったな。

八: 八は、暗記もでけんかったやなか。

熊: み言葉を暗記しても、それを応用でけんかったら、いっしょなんやろな。

八: ほんで、落ち込んどるちゅうたら、ほら、ペテロはんも、よう失敗して落ち込んどった。

特に、あのにわとり事件。

熊: ああ。巻き添えになるのが怖くて「イエス様なんか知らん」ゆうて、3回もイエス様を

否定しはった、その時にニワトリが鳴いて、我に返って、ペテロはんも

コケコッコーって泣いた。

八: あほ、ちゃかしたらあかん。ペテロはんは、自分のふがいなさや、

イエス様に申し訳なさもあって、号泣したんや。

熊: ペテロはん、ボロボロになりはった。弟子としてのプライドもずたずたや。

八: そのこともイエス様分かってはって、ペテロはんに対して、前もって、

●「わたしは、あなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈りました。

だからあなたは、立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」って、、、、

イエス様が祈ってくださった。実力テストに失敗しても、

わてらの信仰がなくならんようにって。今もイエス様が祈ってくださってる。

熊: つまりは、わてらの信仰は、イエス様の祈りによって、なくならんのや、とも言えるわな。

「試練とともに逃れの道」、ちゅうけど、やっぱりイエス様が逃れの道なんやなぁ。

そして、イエス様が見本見せて下さったように、祈りによって、立ち直っていくんや。

わてらの祈りにこたえて、イエス様はわてらを「いたぶって」くださるんや。

あ、いやいや、ちゃうちゃう、「いたわって」くださるんや。

八: あほう!いたわるといたぶるとえらい違いや。それに、こともあろうか、

イエス様に対して、、、ほんまに失礼なやっちゃ。

熊: そんなにせめんでもええやんか。ちょっと言いまちごうただけやないか。

かんにんな、イエス様。

八: まちがうのにも、ほどがあるわ。

熊: そんなにやぁやぁゆわれたら、落ち込むやないかいな。

八: 落ち込む? 大丈夫や。イエス様祈ってくれてはるさかい。

―――――

八さん、熊さん、ありがとうございます。訓練が練習問題で、祈りや賛美や御言葉に親しむこと、そして、試練は、実力テストで、主に信頼して、どれだけより頼むことができるかが試される。面白いたとえですね。それに、実力テストで失敗したとしても、落ち込まないように、信仰がなくならないように、イエス様は私たちのために祈っていて下さる。感謝です。実力テストである試練は、いつどのようにして私たちに与えられるか分かりません。その実力テストにそなえて、日ごろから、主と祈りによって交わり、主に心からの賛美のいけにえをささげ、聖書の御言葉に慣れ親しんでおくことが大切です。ところで、実力テストの前には、小テストもあるでしょうね。その小テストとは、隣人に対して愛を持って接するということではないでしょうか。神様は私たちに日々、小テストもお与えくださっておられるような気がします。

さて、いつもの通り、宣言をしたいと思います。今日の宣言は、イエス様からの訓練や神様からの試練をとおして、イエス様に似た者とさせていただくためのものです。「祈りと讃美と御言葉の生活をします」です。では、三回宣言いたします。よろしくお願いいたします。

「祈りと讃美と御言葉の生活をします」、「祈りと讃美と御言葉の生活をします」、「祈りと讃美と御言葉の生活をします」。アーメン!

黙想をいたします。

黙想の時にお読みするのは、詩篇103篇です。

●黙想: 

黙想の前に、イエス様のお言葉をお聞きください。マタイの福音書6章6節。

「あなたは、祈るときには自分の奥まった部屋に入りなさい。そして、戸をしめて、隠れた所におられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れた所で見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださいます。」

黙想いたします。詩篇103篇。

黙想時の曲

⑦[Vol.25] 魂の安息を与えるCCMピアノ - クリスチャンBGM

https://www.youtube.com/watch?v=WdN8ea63Zb0

●祈り

●主の祈り

天にまします我らの父よ

ねがわくは、御名をあがめさせたまえ

御国を来たらせたえ

御心の天になるごとく

地になさせたまえ

我らの日用の糧(かて)を、今日も与えたまえ

我らに罪をおかす者を、我らがゆるすごとく

我らの罪をもゆるしたまえ

我らをこころみにあわせず

悪より救いだしたまえ

国とちからと栄えとは

限りなくなんじのものなればなり

アーメン。

【YOUTUBE配信終了】

賛美⑧:エリヤの日

https://www.youtube.com/watch?v=2NCdtlxU0AM

聖餐式

賛美⑨:罪重荷を除くは

https://www.youtube.com/watch?v=DxoG-vO1xFk

●礼拝の感謝の祈り

(小阪チャペルでは、献げものは教会に入ってきたときに、感謝と悔いた心をもって捧げます。)

●頌栄:新聖歌63番「父御子御霊の」

https://www.youtube.com/watch?v=0gKUQaaKTqM

●祝祷:民数記6:24-26、2コリント13:13、エペソ3:14-21

●新聖歌59「アーメン」(アーメン)Ⅶ 四唱 MIDI鍵盤によるオルガン演奏

https://www.youtube.com/watch?v=SPZdXDlscT0

●閉会

●連絡

次回の4月9日 午後5時から小阪チャペルにて、主日礼拝。

聖書: ルカの福音書7章

「ぶどうの木キリスト教会小阪チャペル」ホームページ

https://vinechristchurch.jimdofree.com/